「……もういい……ボクが馬鹿だった……期待したボクが」
座っていたソファにもう一度身体を戻すとアルは頭を抱える。
「アルぅ…コーヒー煎れて来るからさぁ……一口でいいんだけど、な……」
「姉さん、ボクを殺す気?」
にっこり笑って言った言葉に、それはそれは落胆したエドがしゅんと肩を落して籠を手に取った。
「ひとかけら…でもダメ…?」
「駄目」
「……アルぅ」
「そんな殺人的な甘さのケーキ、人に食べさせちゃ駄目だよ」
あんまりな言葉だが、これまでの事を考えるとそう言う方が被害者が少なくてすむ。
少し可愛そうだと思ったが、被害を受けるのは自分だけで十分だ。
そう思ったアルがエドを見やると、ますますしゅんとなったエドが籠を手に持ったままうなだれていた。
「でも蜂蜜は使い掛けだったから瓶に半分もなかったし……生地舐めた時は全然甘くなかったからお前でも大丈夫だと思ったんだけど……やっぱり駄目か……」
ぽたり、と涙が籠に落ちる。
「これ、捨ててくる」
「姉さん?」
「だって食べてもらえないんだったらあってもしょうがない。だから捨てる、もう二度と作らないし料理なんてしない」
食いしばっていた唇から吐き出された言葉に、アルは慌てた。
「ち、ちょっと、そんなつもりじゃ」
「だってそうだろ!オレが菓子作る度にお前にヤな顔するし、食べる度に顔歪むくせに『美味しいよ』とか言って!確かに…酷く甘い事位知ってたけどさ、せめてもっと控えてとか、塩味の作れないのかとか言ってもいいじゃねぇか!なのにお前、ちっともっ……」
言われてやっと気がつく。
エドは何時アルが自分が作るものに対してきちんとした意見を言うのかを待っていたのだ。
すっかり忘れていた。
時折その柔らかな頬に涙を伝わせながら自分を睨みつけるこの華奢な身体の娘が、この国随一の能力を持つ錬金術師であり科学者であり…自分と同じく飽くなき知識の探究者であった、その事を。
「……ごめん」
「謝ってすむか!」
「すみませんでした申し訳ありません今まで食べたお菓子は死ぬほど甘かったです」
「今さら開き直るな!」
「じゃあ…こうするよ」
喚く唇に指を乗せると、ついと頬を撫で顎を取り上向かせる。
見開かれた目をそのままに、言葉を忘れた唇に自分のそれを重ねた。
ゆっくりとそれを深いものにしていけば、知らず見開かれた瞳は瞼を閉じて。
支えることを忘れた指から滑り落ちた籠は空いていたアルの片手に受け止められた。
「……ごめん、ね?」
唇を外し、瞼や頬、額にキスを降らせながらアルが囁く。
くすぐったそうに眉を寄せてエドが少しだけ睨んだ。
「ごまかすな」
「ごまかされてよ」
「……ズルいぞ、バカ」
そう言ったエドの唇に、軽くキスが落ちる。
「うん…ズルいよ。だからエド」
見つめた瞳はわずかに碧羅を映した綺麗な琥珀。
「騙されて、ボクだけに」
声は柔らかなのに、その表情は真摯で。
エドは思わず頬を赤らめ慌てて顔を背け身体をアルから放して背を向けた。
「っ……仕方ねぇなぁ、もう」
「ありがと、エド」
「……おぅ」
振り向くことなく返事を返すその首筋までうっすらと桜色で。
相当照れてるなぁ、それとも恥ずかしかったかな?とアルは微笑む。
そして、手の中に残された籠の中のたまごいろしたふわふわに指を伸ばしてほんの一口分、千切り取った。
甘かろうが苦かろうが、それはあとで後悔すればいいだけ。
「…いただきます」
「アル?」
アルは覚悟を決めてそれを口に放り込んだ。