この記憶は、血の記憶。
砕かれた核、そしてそれを繋いだ血の、記憶。
甘く馨しきその記憶を。
アルフォンスは核を繋いだ兄の血が齎した隷属の鎖によって失っていたのだ。
だが、それを取り戻すと言う事がどんな意味を持つのか。
「に、いさ……兄さ…ん、ねえ、起きてよ……うそ…だろう?」
腕の中、微笑んだまま眠る様に目を閉じた兄の胸の肉は爆ぜ、中に見える筈の赤い核は砕け露になった赤い内腑を飾っている。
首には、確かに己が喰らい付き啜り上げた証である牙痕が、まだ濡れた血で彩られていた。
「兄さん……貴方はこうなる事を…ボクの贄となる事を承知でボクの前に現れたのか?」
答えは無い、答えなどある筈も無い。
自ら核を砕き、そこに蓄積されたいた記憶という力を己の血に溶かし込んで。
全てを過去の誓のまま弟に差し出し与えたその身体は、とうに動きを止めている。
「どうして、どうして何時も一人で決めてしまう?何故ボクに全てを話くれなかった?判っていればボクはこんな形で貴方の前に現れたりはしなかった、のに……っ!」
砕かれた赤い石、流れる赤い血、濁ってしまった赤い瞳。
噛み殺す嗚咽は、雫を伴って兄の上へと落ちる。
そして。
アルフォンスは、思い出したのだ。
闇を生きし者にとって、力の優劣は『血』と『才能』。
そこに『努力』が入り込むならばそれはその者の持つ『潜在』する全てが司る。
まだ母が人の生を歩んでいた時に見初められその腹に宿った混血の兄。
そして、兄を産み落とした後クロニクルとしての洗礼を受けた母のその同じ腹から産まれた純血の弟。
だというのに、持つ才能は兄の方が圧倒的上位。
誰よりも強い力、その純粋なまでの知識、潜在的に持ちえた才能。
頂点に立つ事を長である父から定められたのは、必然。
だが兄は、エドワードは一族において『汚点』であり『異端』。
混じり合った穢れた血、それが他の眷属の怒りを買った。
それを主である父は存ぜぬと押し潰し。
夜の闇を超え切れずに久遠の眠りに付いた母の眠りを護り続けるため全てを父は兄に受け継がせようとしたのだ。
そう、純血を持たぬAustauschen des Kindesにクロニクルの主たる証を。
そして、事は起こった。
ただ、外に出た、それだけの意味しか持たない月夜。
城から出て、湖畔にある雪花石膏の美しい母の好きだった館へ向かっただけだった。
どう知ったのか、果たしてずっと待ち構えていたのか。
それは、確かに兄を目掛けて飛んだのだ。
危ない、と考えるより早く身体が動いたのは覚えている。
何かを考える余地はなかった。兄の前に立ちはだかった瞬間胸を襲ったのは剣の柄で力任せに突かれたような衝撃と焼けるような痛み。そして、見る間に視界が狭窄し支える事を放棄した身体はがくりと膝から崩れ落ちる。
瞬時に突風と炎が巻き起こったのが、遠ざかる意識の端で見えた。
そこでアルフォンスの記憶は途絶える。
そこから先の記憶は、この身に与えられた兄の血、そして砕けてしまった己の核が見た記憶なのだろう。
弟の命を繋ぐ為に、ひいては愛する者を失いたくないがばかりに行った、命がけの咒法。
そして今、自分はこの地にこうして在る。
最愛の人の血肉によって、全てを取り戻したのだ。
「勝手、だ……兄さんは、いつも勝手だ……ボクは、貴方の血……血、なん、て」
血、と言った瞬間、アルフォンスの目は見開かれた。
「……血……そうだ、血の記憶、だ……は、ははっ……そうだ、そうだよ、ボクは……忘れていたんだ……こんな大切な事を!」
ご免ね、とつぶやき唇を軽く触れ合わせると、アルフォンスはゆっくりと腕の中のエドワードをそこに横たえる。
立ち上がり、前を見据えるその瞳に迷いなど無く。
切り裂かれそうな程に鋭利に光るその瞳を講堂に向け、アルフォンスは記憶の中のそれを呼び起こす。
そして、それはほんの瞬き一つの間に起こったのだ。
腐蝕の光が講堂の椅子という椅子と一瞬で消失させ、何も無くなった床に同じ力で刻まれたその、複雑な陣。
転がっていた兄が放った銀のダガーで手首を切り裂き流れる血を要所に落とし込むと、陣の中央にエドワードを置いた。
「……失敗はしない、する訳が無い。貴方を取り戻し、それでも貴方を一人には決してしない」
バチリ、と光が走り陣を蒼く浮かび上がらせる。
「ボクは、ただ貴方に笑っていて欲しいんじゃない」
ゴウ、と巻き上がる白と黒の光の蛇。
「貴方と共に生きて、貴方の全てを知りたいんだ……さあ、Wahrheit der Schwarzungよ、ボクは全てを渡しはしない。砕かれた核を繋ぐ力は勿論、持っていかれた兄さんの腕も取り戻す。対価は……クロニクルの長である、このボクの存在だ!」
バチバチと二色の光の蛇がアルフォンスに絡み付く。
だがアルフォンスはそれの流れを己に向け全てを取り込み始める。
闇も光も取り込んで、アルフォンスはまるで幼い子供のような無垢で在りながら残酷な笑顔で兄を、見た。
「だから、二度と貴方と繋いだ鎖は離してやらないよ……兄さん」
そして、歌うような詠唱が高い天井に響き渡ったのだ。
『Heil、Sie bitten unser!
願う、我は願う
Was unser anbetrifft werden Sie der goldene Verwandte, der glanzen kann.
我は輝ける黄金の血族なり
Was uns anbetrifft die Person, die die Schwarzung anordnet, die Heiligem steht.
我らは聖なる闇を統べし者
Sie tut, um den Vertrag mit der Schlange der Spirale zu empfangen, der Nachkomme der Person wird.
螺旋なる蛇との契約を受けし者の末裔なり
Sie tut, durch die Abstammung, der Ursprung des Bundnisses ungefahr ubermittelt zu werden, unser bittet und bittet.
その血統に伝えられし盟約の元、我は願い請う
Durch was unser anbetrifft der Ursprung unserer Vorsehung, zeichnen Sie unser Blut.
我は我の加護の元、我が血を以て描く
Unser wird der Nachkomme des Schutzes der Schwarzung.
我は闇の守護の末裔なり
Sie wird getan und sie kauft mit dem Blut des Nachkommen.
されば末裔の血を持って購う
Unser Blut, unser Bestehen und die Schwarzung und das Licht, die als Opfer uberlaufen.
我が血、我が存在、そして溢れる闇と光を贄として
Leben der Person der meisten Liebe jetzt ist es, hier zu unterstutzen!
最愛の者の命を今ここに繋ぎ止めん
Und, diese Person wird ewig durch unser Bewubtsein gesprungen.
そして、この者は我が意識によって永遠に束縛され
Zusatzlich unser ist in der gleichen Weise unterstellt und.
加えて我もまた同じ様に隷属される
Was unser anbetrifft die Person, die rotem kommendem Gold folgt.
我は赤き黄金を受け継ぐ者
Wenn es, grobe Wahrheit, antworten Sie auf unsere Stimme!』
さすれば偉大なる真理よ、我が声に答えよ
巻き上がり螺旋を描く光の蛇は循環させれ個の色を失い余す事無くアルフォンスに取り込まれていく。
そして、溢れ上がる光は何時しか赤く紅く朱く色を変え。
教会の飾り窓全てを暮れる夕闇の断末魔のような色に染め上げる。
それはまるで、熱を持たず荒れ狂う炎が天に向かってその花を咲かせたようだった。
報告書
バガモール夫人一派殲滅、及び捕虜となった修道女救出に関して
バガモール夫人とその隷属は灰化させ硝化完了。結晶体は現状に放置してあったが焼け溶けたかの跡が見受けられる。
眷属となっていた娘の所在、及び死亡報告は別動班の報告参照。
結界隔離された懺悔室にて発見された修道女WinryRockbellは、バガモール夫人に牙を立てられた跡があったものの適切な処置がなされていたた
めヴァンパネラの眷属化は避けられた模様。だが予断は赦されぬ為しばしの隔離、監視と錬金薬E-057reによる治療が必要である。
当日は断絶結界による空間遮断があったにも関わらず多くの近郊住人が教会が燃えるような赤い光を放つのが目撃されている。
だが現場には呪波汚染などは見受けられず、特に浄化や住民への記憶操作等の必要はなし。
なお、全ての処置を行ったウェティコの姿は聖堂内には見受けられず、聖堂内に在った椅子などは跡形も無く消え去り理解及び読解不明の錬成陣が床に刻まれていた。ウェティコの所在は現在追跡中である。
追記
枢機卿よりウェティコの所在判明、探索中止との命有り。
重ねてこの件は中央審議会管轄となる為これより先審議会付の者以外の調査及び閲覧は固く禁ずる。