「………ぇ………ねぇ、しんぷさま。アルフォンスしんぷさまってば!」
 膝を小さな手で叩かれて、アルフォンスは浮遊していた意識を引きもどした。
 白い法衣の上で、血色のいい丸っこい掌がきゅうと握りしめられて置かれている。
「ああ、ご免ね。ちょっと考え事してたんだ」
「おはなし、つづきー!」
「で、おにいちゃんはそのわるいきゅーけつきのおんなをたおしたんだよね?」
「あたりまえだろせーぎはぜったいかつんだぜ!」
 子供達のその無邪気な声に、アルフォンスは思わず苦笑する。
「……正義の味方じゃあ無いんだけどなぁ……」
「なんかいったか?しんぷさま」
 少し兄に似た勝ち気な目を向けて来る少年の頭をクシャリと撫でて曖昧に笑ってやる。
「いいや、何も。……続きだね?勿論その人は皆に怖い思いをさせた吸血鬼を倒すんだ。そして」
「つかまってたおんなのことしあわせにくらすんでしょ!」
 きらきらと目を輝かせ、きっと花嫁さんでも思い浮かべていただろう少女の言葉に困った様に頬を掻いてアルフォンスは罰悪そうに眉を寄せた。
「あ……いや、そうじゃないんだよね、これが」
「えぇー?なんでなんでなんでー?」
「ええーっと……あのね」
「だってさいごはぜったいおひめさまとおうじさまはなかよくくらしましたでおわらなきゃ、だめなのぉっ!」
「あ、あはははははは、困ったねー」
「やだやだやだーっ!」
 駄々を捏ねる女の子の甲高い声に思わず耳を塞ごうとしたその時。
「……ああ、ここにいたのか」
 がちゃりとドアを開けて、黒い法衣を纏った人が顔を覗かせる。
 いつもは緩く編んている髪はまだ支度途中か下ろされたままだ。
「あ、兄さ」
 そう言いかけたアルの声を遮って舌足らずの子供がとてとてと危なっかしい足取りでしがみつきながらその人の名前を呼ぶ。
「えどわどしんぷしゃまー」
「おお、リヒトじゃねぇか」
 しがみついて来た子供の頭を一撫でしてやるとエドワードは他数人いた子供を見遣ってクク、と笑った。
「何だぁお前らまたお話会か?飽きねぇなぁ……」
「ねね、しんぷさまはやっぱりおひめさまとおうじさまはさいごしあわせになんないとだめだよね!」
「ああ?何だそりゃ?」
「あー、あのね兄さん……」
 うんざりした顔で簡単な概要をアルフォンスが説明すると、エドワードは余程可笑しかったのか盛大に笑い出した。
「わー、ひどぉいわらったーっ!」
「おまえうるさい」
「なんですってー!」
「……いいから止めろ。えーと、オレは別に王子様とお姫様が一緒に幸せにならんでもいいと思うぞ。もしかしたら王子様はただ助けただけかもしれないだろ?」
「でも、たすけたんだよ?たすけたらかんしゃのくちづけなんだよ!」
「でも、王子様に好きな人がいたら、そうはいかないだろ?だから、そうとは限らない……さてと、お前ら今日のお話会はここまでな」
 パン、と手を打ってエドワードがそう言うと子供達は不服そうに声を上げる。
 だがそんな事はお構い無し、という様にエドワードは腰掛けるアルフォンスの肩に手を回しにやりと笑った。
「悪ぃなお前ら、これから兄ちゃん達は遠くにお仕事に行くんだ。それにもう昼時だろう?母ちゃん達が迎えに来る前に帰りな。仕事先でまた新しい話仕入れてくっからさ」
 リヒトと呼ばれた子供が、首を傾げて眉を寄せる。
「どえくあいで、かえってくう?」
「早くて五日、遅くて一週間。留守番の人が来るからお話はその人にしてもらいな。頼んでおくから」
 跪いて視線を合わせると、エドワードは両の手で頬を覆って両の手の温度を移してやりながら含める様に答えた。
「さ、皆そろそろお家へお帰り。お土産を楽しみにしてね?」
 アルフォンスが促すと、皆お土産という言葉に心弾ませながら手を千切れんばかりに振って丘を駆け下りていく。
 それを姿が見えなくなるまで見送って、踵を返した兄の背をアルフォンスは追った。
「兄さん、さっきの王子様の話……」
「ああ?ただの例えだよ。それより仕事の書類届いてるけどどうする?移動中に読む…お、おいっ!」
 ぎゅ、と前触れ無く背後から抱きすくめるとアルフォンスは首筋に僅かに唇を擦れさせる。
 甘い、幽かな薫りは記憶の底にこびりつく赤い薫り。
「王子様は、お姫様をたすけてお城へ送り返すと何よりも大切な人の手を取り幸せになりましたとさ、……か」
 数ヶ月前の、あの事が頭をよぎる。
 赤い肉、赤い石、赤い血、赤い瞳。
 金は赤へと転じ、そして永遠はカタチを変えて二人きりの螺旋を描いた。
 その証拠にエドワードの腕は生身のそれを取り戻し、アルフォンスの瞳には僅かに赤い火の粉が舞い踊る。
 目覚め、事実を知った兄は嘆き怒ったが、落ち着きを取り戻すとアルフォンスを抱き締めて泣いた。
 お前を巻き込む気はなかったのだ、と。
 だけど、今オレは嬉しくて仕方無いんだ。ごめんな、アル……と。
 一人で生きる事の孤独は何も一人だけが抱えていた事ではなかったのだ、と改めてアルフォンスは思い知り、泣く兄の細い身体を折れんばかりに抱き締めたのだ。
 そして、秘密裏に教会へと身を寄せ、経由でクロニクルへと打診を打ち正式にアルフォンスは一族からその存在を抹消させる。幾許ぶりに顔を合わせた父は残念そうに笑ったが、幸せならばそれで構いはしないよと言うと闇にまぎれて消えていった。
 そして、色々と調べるうちに行き着いた事実。
 余りに記録の少なすぎる存在であるウェティコの命が永遠なのか刻限なのかは現存する古文書を繙いても語り部に聞こうとも記録者に尋ねようとも判らず、一体何時その征く路が途絶えるかすら未だ判らない。
 そんな時限爆弾を抱えて生きている等アルフォンスはこうなるまで全く知りはしなかった。
 だが兄は、そんな事はもう怖くはないと笑うのだ。
「……大切な人に辿り着くならば、それがたとえ茨の路でも迷う事なかれ。その先には必ず幸せが待っているから」
 一人で終わる事は無い、だってその先には必ずお前がいるから。
 そう言って、エドワードは笑ったのだ。
「ねぇ兄さん、歴史は変えられなくても、進む路は選べる。だから……ボク等の行先はきっと、優しい闇に違いないよ」
「…信仰を持たないとはいえ表向きは神父なんだから軽々しく闇とか言わない様に」
「何でそう茶化すのさ」
「茶化しちゃいねぇよ」
 触れた唇に伝わる熱が、僅かに跳ね上がる。
「……オレ達の路を照らすのはオレ達なんだから闇も光もねぇだろが馬鹿アル」
 紅潮した顔は背後からでは見えもしないのに俯いた兄にそうだねと返すと、アルフォンスは回した腕にもう一度力を込めた。







 そう、そこに差すそれは光でも闇でも。
 彼らは歩んでいくだろう。
 互いを繋ぐ、固く握った手よりもきつくその魂を縛る。
 それは、約束の証。


 赤い血が齎す、甘き猛毒の隷属の鎖なのだから。


 
 
 
 
 

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 枢機卿 R猊下
 今回の事は貸しにしておく。だがいつまでも貸しが在るのは癪なのでさっさと依頼を回して欲しい。
 教会は、持って来て貰った資材で修復した。今じゃ昔よりも綺麗だって評判だ。
 ただ、弟が刻んだ陣は何があっても消える事のない物だから、その上から新たに床を張り直す羽目になったがな。
 弟もオレもちゃんと元気だ、化けの皮も剥がれちゃいない。
 
 この依頼が終わったら審議会にも顔を出しに行くからその時はうまい酒でも用意しておいてくれ。
 勿論、弟も一緒だ。
 では、殺しても死なないとは思うがしぶとく生きていやがれ。

 錬金術師 E.E



 追記
 弟は怖いぜ。オレに妙な事言うなよ、忠告だけはしておく。