痛み止めの薄桃。
抗生物質は白。
神経障害緩和剤も白。
筋弛緩剤も白。
アレルギー抑制剤も白。
炎症緩和剤は橙と白と桃。
細菌性感染治療剤は白。
ついでの胃薬も白。
出血止めは朱。
薄桃は鎮静剤だから必要な時と熱が出た時だけ。
白はその時によるけど大体全部で十四、五個。
筋弛緩剤だけは必要な時のみ、胃薬は必ず。
橙と桃は一つずつ。
朱は熱出た時だけ飲む。
これが本当なら一日三回。
馬鹿正直に飲んでいられない時が多いから気がついたら必ず飲む、で許して貰った。
これじゃ薬で腹一杯だ。
でも飲まないと、この腕も脚も動かなくなる。
筋肉から発せられる電流を拾い解析し機械鎧に伝達するために体内に埋められた多量のインプラント。
どんなに馴染もうが異物でしかない腕や脚を支えるハーネス。
鈍く光る身体にねじ込まれたボルト。
神経からの情報を流し込む為に直結されたファイバーシナプス。
一番肉体に近い接合部ですらコードや金属が大半を占める。
身体を見る度に思う。
ここだけは。
この部分だけは。
オレの身体は機械、なのだ。
でも、それを否定する訳じゃ無いし、別に自分を可愛そうとか哀れだとか思う訳でも無い。
これがあるからこそ、オレはまた歩く事が出来た。
身体が全て機械になろうが、知ったことか。
オレは、生きているのだ。
だから痛いし、苦しいし、辛い。
だから楽しいし、嬉しいし、幸せなのだ。
生きる、という事はどんなに重く大変で、幸福と温もりに溢れているのか。
それを判っていたら、少しは違っていたのかと思う。
でも、オレは結局オレでしかなく。
オレの心も考え方も、そうそう変わるものでは無いから。
これでよかったのだ、と思うのだ。
この冷たい血の通わぬ手足を持った事でオレは生き抜く事の意味を初めて悟った。
感覚の無いこの手で冷たいがらんどうの弟に触れたとき、初めて罪の重さを悟った。
ああ、感覚の無いという事がどんなに辛いことなのか。
触れたくとも、触れていてもそれが判らないという事がどんなに切ないものなのか。
だからこそ、オレは生身の腕を、脚を欲しいとはもう思わない。
これこそオレの流さなかった慟哭を知る唯一つの真実。
この鋼の手足がオレの本当の手足だから。
今日もオレはぼんやりと薬を取り出す。
一つ、二つと出した錠剤を並べてくすりと笑う。
ああ、薬で腹膨れちまうよ。
そういって笑えば慌てて弟は軽い食事と水を運んで来るに違いない。
駄目だよ空きっ腹に薬なんて、ほら食べて。
とか言いながらあの世話焼きはオレを片眉上げて睨むのだろう。
止まない雨を見つめて薄桃の錠剤を手に取ったが、もう一度それを戻す。
今日は寒いから痛む、けど暖めれば何とかなるから風呂溜めろと言ってみよう。
ぶつくさ言いながらもあいつはやってくれるはずだ。
指にコツリと当たったピルケースはすっかり古ぼけて所々凹んでいる。
もうじきに誕生日だから、小さな子供の様にねだってみようか。
「なあ、新しいの買ってくれよ、アル」
「兄さん、他に欲しいもの無いの?この間は指輪欲しいとか言ってた癖に」
「いいんだ、これはオレに必要なものだからな」
「ピルケースねぇ…考えとくからそれ食べてとっとと薬飲んで。オートミール冷める」
「…兄ちゃんオートミールよりパンケーキがよかったなー」
「我がまま言うな」
「母さんアルがいぢわるです、オレは育て方間違えたんでしょうか」
「この性格は間違いなく兄さん譲りだよ、諦めな。ほら食べろ冷めると不味くなる!」
「へいへい、食べます食べます。もっと砂糖かけてくれ」
「もう、甘いものに対する味覚だけは何時までたってもおこちゃまだなぁ…」
「お子様味覚でいいよ、お前の作ったものなら旨いから」
「それ褒め言葉だよね?」
「当り前だ…あ、珍しく牛乳味が旨い」
「少しは大人になったみたいだねぇ、兄さん」
「だーれが何時までたっても十代前半かー!」
お前と二人。
ただ生きて、歳を取る。
そんな些細な事がこんなに幸せだなんてあの時は判らなかった。
薬の数は何時まで経っても減らないけど、幸せの数は歳を重ねる事に増えていく。
日々、平穏に安穏に生きることが、オレの一番の特効薬。
お前が生きて目の前で笑ってくれることが、オレの一番の鎮静剤。
この世界で立つ為に必要だったのは鋼の手足。
その手足で生きるためにオレに必要なのは薬。
そして、その薬を飲んででも生き抜く為に。
大切な弟をもう哀しませない為に。
オレは今を精一杯生きる。
天に召します我が神よ、なんてオレは祈らない。
目の前にいる弟に、オレは祈る。
一番大事なことを気付かせてくれて有難う、ってな。