それは、月に一度のあの人の楽しみだった。
 その店が月に一度しかやっていないと言う訳ではないのだが、月に一度、のんびりと時間の取れる時に街の一角にあるその場所を目指すのだ。
 その場所は、いつも甘い香りがふうわりと漂う、左党には嫌われそうな程のレベルで菓子を扱う店が集まった場所で。
 そのうち何件かを贔屓にしているこの人は、その店を梯子して一月分の鬱憤晴らしというように欲しいものをこれでもかと買ったり注文したりする。
 

 そしてその、ボクにしたら気の遠くなりそうな甘い買い物をようやっと終えて。
 ボク等は今、石畳の路を歩いている真っ最中だったりする。
 ボクの手にもあの人の手にも小洒落た袋が幾つもぶら下がり。
 そしてあの人は御機嫌な顔でその袋を探っているのだ。
 袋を探りつつ覗き込んでいたその顔が不意にニッと笑みを浮かべた。
 探っていた指が明るい緑のセロファンに丁寧に包まれたそれを袋から取り出し、摘み上げ手早く包装を解く。
 光を反射してキラキラ煌めく小さな若葉を模した硝子細工の様なそれをあの人は躊躇い無く口の中に放り込んだ。
 転がせば、柔らかな薄荷の蜜がやわやわと広がり気分まですぅと心地良く冷やしていく、その味。
 薄荷は嫌いはなずなのに、いつの間にか買い物リストには必ずそれが入っていた。
 時たまかちかちと甘噛みしつつそれを愉しんでいる様子に、思わずくすりと笑いを零す。
「…あんだよ」
 不意にこぼした笑いに気が付いたのか少し眉を上げて見上げてくるその顔は、やはり可愛い。言ったら町中だろうか構わず暴れ出しそうだけど。
「いや、ね?本当に……好きだなぁって」
「は?確かにあの店の薄荷糖は絶品だがな。薄荷嫌いのオレでも喰えるし。でもあの店の菓子なら李の飴もチョコナッツタフィも塩バタキャラメルも好きだぞ?」
 そして相変わらずこの人はこういう事に関しては素晴しく鈍感だ。
 これが本当にこの国一番の錬金術の使い手なのだろうかとボクは時折不安になる。
「確かにルルーさんの店の飴菓子は絶品だよ。でも僕が言ってるのはそれじゃなくてね」
「何だよ、欲しかったのか」
「いやそうでは…」
「そうならそうって早く言えよなぁ、アル」
 話の論点はどんどん逸れていく。
 まさか、わざとやってるのだろうか。
 そんな事はまさかこの人に限ってはありえないと思うのだけれど。
 でも、悪戯好きの性格からして騙しているとも考えられるし。
「ねぇ、だから飴じゃなくて……」
「飴じゃない方がいいか?じゃあ何がいい?色々買ってきたから大丈夫だぞ。でも甘いのばっか買っちまったしなぁ……」
 前言撤回、疑ったボクが馬鹿だった。
 この人間違い無く無意識でやってるよ。
「お前の大丈夫そうなのは…」
 袋の中を眺めつつ探している姿はかなり本気モードで。
 有難いけど嬉しいけど頼むから止めてくれと本気で願ったり。
 でも、貴方が甘いのは平気なんだけどなぁ……と、ここでボクの思考は一方向に定まった。
「…じゃあ、薄荷糖」
「あ、これ平気だっけ」
「うん、平気」
「じゃあ、いまや」
 そう言って差し出された緑のセロファンには見向きもせずにボクは隣の貴方の頬に手を沿えると唇を重ねて、紡がれかけた言葉を奪う。
 驚きで薄く開いた侭の唇にそろりと舌を差し入れて貴方が含んでいた薄荷糖をボクの口へと奪い取り、そのまま暫し貴方とのキスを楽しむ。
 それは、ほんの纔な、時間。
 貴方が摘んでいたセロファンが落ちて、それが差し出されたボクの掌に落ちるまでの。
「やっぱり甘い、や…」
 唇を離した瞬間ボクがこぼした言葉で、貴方はようやっと我に返る。
「お、おおおおおお前なぁっ!」
「ん?」
「なっ、ぁ、な、なにか、かっかか考えっ、お、オレはっ」
 腕で真っ赤になりかけた顔を隠して、呂律の回らない言葉でボクに詰め寄るのはいつもの事。
 でも、そんな仕草だって食べちゃいたい位に愛しくて、堪らない事を貴方は判っているのだろうか。
「だって、薄荷糖がいいってちゃんと言ったでしょ?でもボクが欲しかったのはこの真新しいのじゃなくて貴方の薄荷糖なんだよ。と言うか、貴方のでなきゃ意味がない。貴方だから欲しいんだ、判るよね?」
 そう言って今度は額にキスを落してあげて。
 にっこり笑えば、貴方は少し怒ったような顔でそっぽを向いた。
「あーもう、一生言ってろ、色木瓜アルフォンス!」
「言います、一生と言わず貴方が望む限り永遠に、この声が潰されてもボクはこの世で最も愛しい貴方の名を呼ぶよ。大切な、何よりも大切な兄さん、エドワード…貴方の名を」
 そっぽを向いたままの貴方の瞳が、一瞬大きく見開かれてまたゆるゆると閉じていく。
 唇は、小さく纔な動きで何かを紡いでいた。
「…ぉ……………」
「兄さん?」
「……何でも無い、行くぞ!」
 ざかざかと大股で歩き出した貴方の後ろをボクは少しだけ駆け足で追いかける。
 貴方がこぼした言葉は、鎧の時に身に付いてしまった唇を読むという事で判ってしまったけれど。
 恥ずかしがりやな貴方の為に気付かないふりをしていてあげる。

『オレだって、お前をそういう気持ちで……』

 何より嬉しい貴方の言葉は、薄荷の蜜に溶かして飲み込んで。
 身体の奥底に染み込ませてしまえばいいから。
 甘くて冷たくて、冷ややかで柔らかで。
 そんな貴方の、甘い甘い蜜の、味は。
 誰にも知られる事のない、ボクだけの醍醐味なのだから。
 
 
 
 


『薄荷キャンディ』 05.4.28


 
 
 
 

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